任天堂関連施設とその歴史

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お家にこもりきりなご時世。
あつまれ どうぶつの森で時間が溶けていくことに何とも言えない感情を抱きながらカメラロールを遡っていた際に聖地巡礼を行った時の写真が出てきたため、それらを紹介する記事を起稿する。

任天堂ファンには某騒動収束後の旅行の計画に使ってもらえたらと思う。

5年前に似たような記事をあげているが、当時の記事に比べると情報が格段に濃くなっているので、必要な情報のみを自己判断して読んでもらいたい。

これから紹介する施設は一部を除いて何かが見学できたり、体験させてもらえるようなアミューズメント・観光施設ではないので、勝手に入場しないようご注意を。

任天堂本社開発棟

任天堂といえばこの景色!」と言う人も多いのではないだろうか。画像は本社開発棟の入り口である。
観光シーズンであれば任天堂前で記念撮影する外国人がいることもある。任天堂ファンにとっては京都旅行の際はぜひ立ち寄りたい場所だ。

開発棟は2014年に完成。見慣れた景色だが建設からはまだそれほど経っていない。
設計は日本設計が行っており、日本設計の公式ホームページにも実績として記載されている。

一般人は当然ながら内部を伺い知ることはできず、任天堂の社員や任天堂と取引があるなどビジネス上関係のある立場にでもならない限りファンの夢は叶わない。

ただし、株主総会は本社もしくは開発棟で開催されるため、任天堂の株を購入すれば正規ルートで潜入可能だ。そのため最高級のファングッズといっても過言ではない。

既に株主総会のレポートをあげている方々もいる。過去3年分の中で面白かった記事をピックアップする。

任天堂株は3万円~5万円の間で推移している。最低100株を購入すると数百万円規模の資金が必要となる。

私も手を伸ばしたいがまだまだそんな勇気はない。

任天堂本社(三代目)

開発棟に隣接するもう一つの建物が任天堂本社。3代目であり現時点で最新の任天堂社屋となる。2代目については後述する。

内部については下記動画内で観ることができる。
NOA(ニンテンドーオブアメリカ)管轄の公式動画であり、高頻度で発信している。言語の関係で何を言っているか1%程度しか分からないが、こちらも見逃せない。

INSIDE Nintendo HQ in Kyoto, Japan – Nintendo Minute

その他、任天堂の公式記事で内部の様子がたびたび公開されていた。

おどるメイドインワリオの説明書16ページ目には本社らしき建物が駅から徒歩3分と記されていたが、3分では到着しなかったと記憶している。7~10分くらいか?

旧任天堂本社(多分初代)

静かな住宅地にひっそりと残っている任天堂本社として使用されていた建物。現在でも取り壊しは行われておらずそのまま保存されている。

丸福のロゴやトランプカルタと記載されたプレートなど当時の任天堂を想起させるような佇まいが特徴だ。

丸福とは

創業者山内家の屋号であり、任天堂が製造する花札には品質担保の意味も含めてこのロゴマークが印字されていた。
かつての任天堂の社名の中には「株式会社丸福」と丸福の名を冠している時代もあり、任天堂のキーワードの中でも重要なワードである。

“福”を○で囲ったロゴ

ちなみに、現在製造されている花札にも丸福のロゴマークの印字がなされている他、任天堂のゲームの随所で見掛けることもある。何気なく使用されているのでスルーしてしまうこともしばしば。

あつまれどうぶつの森内にも丸福は登場している

創業当初の写真は翻訳などを行っているFlorent Gorges氏が2年ほど前に公開していた他、同時期のヤフーニュースにも記載されていた。
(ヤフーニュースについては現在は削除されてしまっている)

下記ツイートの写真にある建物の所在地と旧本社の所在地が一致しているかは正式なソースが見付からなかった。見出しに”多分”と付けているのはそのためである。
(情報があればコメントをいただきたい)

同所在地であったとしても建物については一度建て直しが行われていると思われる。

また、現在の建物のオーナーで灰孝本店の社長でもある山内一正氏と京都のミニツアーを主催するまいまい京都によって内部が公開されたこともあった。灰孝本店については後述する。
私も応募したが落選。後日投稿されたまいまい公式ツイッターによるといつものツアーより応募数がかなり多かったらしい…。

上記ツアーとは無関係だが、内部を公開しているサイトもある。

建物の外観は綺麗に保たれたまま現存しているため、メンテナンスは定期的にされているものと思われる。

建物の今後だが、ホテルに改装されるらしい。内部をどの程度残すのかは分からないが、完成後は旧本社ホテルに宿泊しUSJスーパーニンテンドーワールドを訪れるファンが増えるのではないだろうか。

旧社屋は任天堂公式ホームページ内の会社沿革の一番上にも記されているように下京区に位置している。

任天堂東京支店

大手企業は大半が東京に本社を構えているが、ご存知の通り任天堂は京都に本社があるため、東京は支店・支社となる。東京本社ではない。ぜひ覚えていただきたい。

東京制作部については下記記事を参照していただきたい。スイッチのプロデューサーでもある小泉歓晃氏がインタビューに回答している。

任天堂宇治小倉工場

近鉄京都線小倉駅のすぐ近くにあるのが宇治小倉工場である。

比較的新しい記事はなかったが、N.O.Mに宇治小倉工場に潜入したレポート記事が存在している。トランプや花札の製造を行っていたようだ。

任天堂宇治工場

宇治小倉工場と似ているが、こちらは宇治工場。立地は奈良線の宇治駅が最寄りとなる。

私が訪れた際は宇治小倉工場~宇治工場のルートを組んでいたが、想像以上に宇治小倉工場と宇治工場の間が遠く次回以降は徒歩以外の手段を考えたい。

ちなみに、真似をする場合は下記ルートを参考にしてほしい。(老ノ木となっている箇所が宇治小倉工場である)

宇治駅から京都駅へ戻る途中にスターフォックスのアイデアの原点とも言われている伏見稲荷大社や後述する2代目任天堂本社に寄ることも可能だ。

任天堂本社(二代目)

2000年まで本社として使用されていた社屋。現在はリサーチセンターやテストプレイチームでもあるマリオクラブの社屋として使用されている。また、2003年~2013年にはファイアーエムブレムシリーズなどで有名なインテリジェントシステムズも入居していた。

任天堂の移転に際して下記のような記事も公開されている。

マリオクラブ株式会社の公式ホームページ内にも本社屋の写真が使用されている。

灰孝本店

もはやファンでさえも見に来ない領域

読み方は”ハイコウホンテン“。 ではなく であることに注意したい。
任天堂2代目社長でもある山内積良氏の曾孫にあたる山内一正氏が経営する建設資材などを扱う企業である。

創業者は任天堂の創業者でもある山内房治郎氏。氏が石灰問屋”灰岩”を継いだ際に屋号として”灰孝本店”に改めている。

以下の記事の冒頭で触れられている他、灰孝本店のホームページのhistory内にも記載されている。

同建物には一正氏がオーナーでもあるカフェ「murmur coffee kyoto」が併設されている。

ひっそりとしていて見逃すような立地

建物の位置は上述した旧任天堂本社と目の鼻の先。聖地巡礼は見て回ることが多くなり、あっさりと終わってしまうためカフェで休憩を挟むと気分転換もできて良いかもしれない。

インテリジェントシステムズ

任天堂とは無関係

ファイアーエムブレムシリーズ、パネルでポンシリーズ、ファミコンウォーズシリーズ、引ク押スシリーズなどで有名なインテリジェントシステムズの社屋。

上述したとおり2013年まではマリオクラブと同居していた。
下記記事にも

現在の住所は京都市東山区福稲上高松町…
実は、これ、任天堂の旧本社の敷地の一部です。
任天堂の建物の一角を使ってお仕事をされています。
すぐに顔を合わせて打合せできるのでソフトの開発にとても便利なんだとか。

https://www.nintendo.co.jp/nom/0703/12/index.html

とあり、任天堂関連施設の敷地を使用していたことが分かる。

Nintendo TOKYO

任天堂初の国内公式ショップ。第一号は本社のある京都ではなく東京にオープンした。

本サイトでもレポートしているのでご覧いただきたい。

Nintendo NY

こちらは私ではなく当サイト内のメンバーが訪れた際の写真である。

内容についても下記記事を参照していただきたい。

さいごに

本記事作成にあたり、ニンテンドーオンラインマガジン(N.O.M)が貴重な情報源となった。
現在はN.O.Mの発行が終わっており、社長が訊くなどもないため、公式に自社の内部を取材する企画は今となっては貴重である。

また、創業元でもある山内家については下記サイトを参考にさせていただいた。
4代目社長岩田氏以降は山内家の経営ではないことや3代目社長山内博氏が既に亡くなっていること、博氏のご子息克仁氏が2016年に任天堂を退社していることから山内家の印象は薄くなってきているが、任天堂の歴史や聖地を調べる上で欠かせない存在である。

本記事で紹介している施設以外にも任天堂ホームページには関連会社が記載されているので、聖地巡礼の際は参考にしてもらいたい。

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